イチャらぶKitchen
( if / もしもACT.133の時点で二人が一緒に暮らしていたら… )
気まぐれロックの収録前、天宮千織に階段から突き落とされたキョーコは番組の収録が終わるのを待って近くにある病院
へと駆け込んだ。
「捻挫ですね…それも大分酷く捻ってる。君、利き手は右?…じゃあ不便かもしれないけど日常生活でも負担がかかること
は出来る限り控えて」
医者の診断を聞いた瞬間キョーコの顔から血の気が引く。
「あのっ…お芝居は?……演技で手を使うのもダメですか??」
「芝居か…君は役者なんだっけ?…ああ、ダークムーンの。ウチも女房と娘が毎週欠かさずに見て…ってそうじゃなくて、
残念だけど監督さんと相談して手を使うシーンは変更してもらった方がいいね」
捻挫は怪我としては軽く考えられがちだが関節に過度な負担をかけた際の靭帯の損傷によって起こる。
きちんと処置をせずに放っておくと関節軟骨が変形したり、関節の稼働域が狭くなったりと後遺症が残ることも少なくない。
キョーコの手首も金缶コーラを死守せんとした分、おかしな捻り方をしたようで患部が酷く腫れ、かなりの痛みを訴えるよう
になっていた。
「とにかく手首は固定して安静にすること。腫れが引かないうちはお風呂も止めておくように」
「……はい」
折角ナツのイメージが固まって、停滞していた撮影が動き始めた所だったのに…
診察を終えると外はもう真っ暗で、入り口のガラス戸に自分の落ち込んでいる姿が映り込んだ。
みっともなく項垂れて、ナツとしてあるまじき姿。
いけない、いけない、こんなことでは!!
ただでさえ撮影の遅れをこれから取り戻さなくてはならないのだ。
落ち込んでいる暇などはない。
「しっかりするのよキョーコ!!」
傷めていない左手で頬を叩き気合を入れる。
会計を済ませてタクシーに乗り込むとキョーコは新しい演技プランの組み立てに没頭していった。
けれど、一番の問題はドラマの収録以外の所でキョーコを待ち構えていたのだった。
※※※※※※
この日は久しぶりに蓮の帰宅が早い日だった。
それに合わせて食事も一緒に食べようと前日から冷蔵庫の中身を充実させ準備万端にしておいたのだが…
「すみません、不注意で階段から落ちてしまって……それで、こんな情けない有様なので食事の用意、出来なくなってしま
いました」
キョーコはマンションへ着くと先に帰宅していた蓮に包帯を巻かれた右手を見せて謝った。
利き手を怪我してしまったからには今夜だけでなく当面キョーコは料理をすることが出来ない。
昨日買い出しに行った食材が無駄になってしまいそうで悲しかった。
「そんなことはいいからっ!!それより怪我はその手だけ?他に傷めた所は??」
リビングのソファーでくつろいでいた蓮はキョーコの手に巻かれた包帯を見るなり血相を変えてキョーコの元に駆け寄ると、
他に怪我がないかチェックするように体中に視線を走らせた。
「大丈夫です。何とか受け身は取ったので頭とかは打ってません。ああ!でもっっ」
「何!?やっぱり他に痛いところが?」
「いえ、あの、……体中打撲だらけなので、服を脱ぐとその…スゴクみっともないことに…」
キョーコの言葉に蓮の身体からがくりと力が抜けた。
「もう…頼むからこれ以上脅かさないでくれ。帰ってくる早々君のその姿を見せられて、俺は肝が潰れたよ」
「ご、ごめんなさい」
蓮を心配させてしまったことに心が痛んだ。
ついでに食事の用意が出来なくなったことを再度謝ると、
「いいよ、これからしばらくは俺が食事の用意をするから」
「敦賀さんがですか!?」
「これでも一人暮らし歴は長いんだから一通りのことはできるよ」
そう胸を張って蓮が言う。
しかしキョーコはイマイチその言葉を鵜呑みにすることが出来なかった。
なにせキョーコがこのマンションで一緒に暮らし始めるまで洗濯も掃除も全て業者任せ。
キッチンだって使った形跡がない程綺麗なままだったのだから。
「本当に敦賀さんが作るんですか?」
食材を使ってもらえるのは嬉しいが、外に食べに行った方が無難な気がする。
「疑ってるね?いいよ、出来ないんじゃなくてやらなかっただけだという所を見せてあげよう」
そう言って腕まくりをすると蓮はキッチンへと立って行った。
それから間もなく、キョーコは蓮への認識を改めることになったのである。
※※※※※※
「できたよ、さあ席について」
テーブルの上に並べられた料理はそれはもう見事なものだった。
メイン用に買っておいた牛肉は綺麗なミディアムレアに焼き上げられてサッパリと食べられるようにわさび醤油のソースが
かけられており、付け合わせのサラダには彩りを考えて買っておいたパプリカとトマトがちゃんと使われていて、そのどちら
も口当たりが良いように火で軽く炙り薄皮が剥かれていた。
茹で上がったばかりのパスタはニンニクと唐辛子でシンプルなぺペロンチーノに仕上げられ、美味しそうな匂いを漂わせて
いる。
キョーコが作ろうと思っていたレシピ程ではないが男性でこれだけの料理が出来ればたいしたものである。
あれよあれよという間に出来上がる料理を目の当たりにし、キョーコは驚きを隠せなかった。
「さてと、それじゃあ食べようか」
椅子を引いてくれる蓮に感謝しながら席につく。
けれど、料理は全て揃っているのにそこにキョーコの分のカトラリーがない。
まさか手で食べろ…と言う訳ではあるまい。
キョーコが首をかしげていると、いつもは向かい合う位置にある椅子をキョーコの座る席の斜向かいに持って来た蓮が皿を
引き寄せて、
「さあ、口を開けて」
小さく切り分けた料理をさも当然のようにキョーコの口元へと運んだ。
困惑したのはキョーコだ。
「あの、…じ、自分で食べれますけど…」
フォークで突き刺すぐらいなら怪我した手でも難しくはない。
いい歳をして食べさせて貰うなんて恥ずかしいマネ、出来るならしたくはなかった。
ところが蓮は、
「なるべく使わないようにって病院で言われたんだろう?それに今日傷めたばかりなんだし大事をとると思って…ね?」
そう言うと極上のスマイルを向けてくる。
ああ、これがしたくてこの人は料理をするなんて言い出したのか…
今更それに気付いた所でこの状況を逃れる術をキョーコは持ち合わせていなくて、
「ほら、あ〜ん…」
「あうう……」
「おいしい?」
「お、おいひいれふ…」
それからキョーコの右手が使えるようになるまで毎日楽しげにキッチンに立つ蓮の姿があったのだという。
End
バカップルのやる 「はい、あ〜んして」 ってのがやりたかった敦賀さん。
食事以外でもあれこれと世話を焼いてくれそうです。
キョーコの迷惑も顧みずにね(笑)
作中のカトラリーはナイフやフォークと言った食器の事です。
食器と書いてしまうとお皿も指すことになるかな?とこちらの言葉を使いました
2010 10 05 site up
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