ママゴト Brother

introduction




     ( 敦賀蓮グッドエンド/バイオレンスミッション )





     ホテルへと向かう車の中。

     蓮とキョーコは、まるでタイミングを合わせたように 「は〜〜〜っ」 と深いため息をついた。



     「まったく…あの人の考えることはどうしてこうも唐突なんだ…」



     社長の発作的かつ突発的な思いつきに振り回されるのは珍しいことではないけれど、いつも以上に込み入った事情が絡

     んでいる今回、その口から発せられた言葉に流石の蓮も驚きを隠せなかった。


     ― カイン・ヒールの在日中は最上君にその妹のセツカとしてホテルで一緒に生活してもらう…


     待ち合わせの場所にキョーコが現れた時点で嫌な予感はしていたものの、まさかそんな展開になろうとは…



     「それじゃ、敦賀さんも詳しいことはなにも?」

     「ああ…いや、映画の撮影がクランクアップするまでホテル住まいになるって事は打ち合わせ通りなんだ…けど…キョーコ

      ちゃんの事は全くの初耳で…正直、本当に驚いてる」

     「あ…はは…私もラブミー部に依頼されたお話しがこんなことになるとは思ってもみませんでした」



     着慣れぬ服を着せられて、所在なげにちょこんとシートに座ったキョーコは困惑したように笑った。

     ある程度役のイメージを固めてある蓮と違い、いきなり役を与えられて準備する間もないままにカインの妹を演じろだなん

     て、彼女にはとんだ災難だ。

     突然プロジェクトの片棒を担がされることにったキョーコに蓮はあらためて詫びを入れた。



     「ごめん、俺の仕事に巻き込むようなことになって…」



     カイン・ヒールという存在は蓮がBJという役を演じるに当たって設定された架空の人物である。

     映画会社との打ち合わせの末、宝田社長の提案により誕生した彼は、BJ=敦賀蓮ということが世間にバレるのを防ぐため

     のいわば安全装置であり、蓮はカインを演じた上で更にBJという映画のキャラクターを演じることになっていた。

     何とも複雑この上ないが、普段から自分自身を演じ続けている蓮だからこそ社長もそんなことを言い出したのだろう。

     そしてこの複雑な状況を破綻なく演じきるためにはカインという人物をとことんまで掘り下げて身体の隅々に役を浸透させる

     必要がある。

     撮影現場ではどんなアクシデントに見舞われても一欠片でも敦賀蓮の顔を覗かせるわけにはいかないのだ。

     そのために生活拠点をホテルに移し 『 日常の全てをカインとして生活する 』 予定だった。

     けれど、何故この件に彼女を巻き込む必要があるのか?

     カインを自分の中に降ろしている間はキョーコとの接点も断たねばならない。

     コーンの事も自身の過去もまだ彼女に告白するつもりのない蓮はそう腹を括っていたのに…


     あの子はな、いわば魔除けだ …最強のな…


     御守り代わりだとも言っていたが、社長の言葉が意味することを蓮は正直測りかねていた。



     「あのっ、気にしないでください。この格好も最初は恥ずかしかったですけど、セツカは私の引き出しにはなかったタイプの

      子なので凄く勉強になると思うんです」



     黙り込んでしまった蓮の顔を心配そうにキョーコが覗きこんでくる。



     「それに何だかワクワクしませんか?」

     「…ワクワク?」

     「はいっ、ダークムーンごっこの時もクオン少年を演じた時も自分の中から全く予測がつかない感情が溢れて来て、あれは

      私にとって新鮮で、とても楽しい経験だったんです」

     「楽しかった?クオン少年を演じた時も?」

     「それはもう、あのままずっと演じていたいと思うくらいに」



     キョーコの瞳がきらきらと輝いている。



     「だから今回のことも…えっと、こんな言い方すると不謹慎かもしれないんですが、実は凄く楽しみで……私、兄弟がいな

      かったのでお兄ちゃんがいたらどんな感じがするのかなぁ…なんて」



     その兄を演じるのが蓮ならばもう言うことはないとキョーコは照れたように微笑んだ。



     「………………………」

     「…敦賀…さん?」

     「あ、…ああ、うん。そう言ってもらえると助かるよ」



     この子は無意識で蓮を転がす術を心得ているのかもしれない。

     ぐるぐると当て所もない考えを巡らせていた頭の中がスッキリと晴れていく。

     要はチャンスと思えばいいのだ。

     相手がいることで蓮の演技考察もより実践的なものになる。

     またこれを機に蓮自身の手でキョーコのスキルアップを促してやることも可能だ。

     何より今回の演習では二人が一緒に暮らすことを前提としたシュミレーションが出来るではないか。

     もし仮にそれらの事を全て社長が見越していて掌の上でいいように動かされているのだとしても、やってみるだけの価値

     はある。



     「それじゃあ、今から俺の事を ”敦賀さん” て呼ぶのは一切禁止だ」

     「はい…っじゃなくて、……判ったわ、兄さん!」

     「よし、いい子だ」



     くしゃりと頭を撫でてやるとキョーコは一瞬だけ嬉しそうに笑い、



     「も、もうっ子供扱いしないでよね!!」



     と、ぷいっと拗ねたように顔を背けた。

     その様が何とも微笑ましく思えて…

     カインの人物設定を考えるといくばくかの不安は残る。

     けれど彼が妹にどのように接するか、そのイメージが頭の中に瞬く間に広がって、演じてみたいという欲求は蓮自身にも抑

     えられそうになかった。

     難儀な生き物なのだ、演技者とは。



     「ほら、あれでしょ?私たちの泊まるホテルって…」



     キョーコがふいに窓の外を指さす。

     高層ビル群の中に目的の建物を見つけた蓮はゆっくりと頷きながら妹と二人で過ごす生活に想いを馳せた。

     

















      End







イントロだけだと面白みも何もない…

キョーコ断ちするつもりだった敦賀氏
そうは問屋が卸さないんだなぁ…あは



2010 06 16 site up



ブラウザでお戻りください

inserted by FC2 system