お疲れ様に口付けを(2)



      (敦賀蓮グッドエンド/同棲中 side 蓮 )





      その瞬間まで蓮は本当に眠っていた。





      今日も一日ぎゅうぎゅうに詰まったスケジュールをこなしマンションに帰宅した蓮は、ゆったりと湯船に浸かった後、課題

      にいそしむキョーコの傍らで明日撮影するシーンのセリフを台本で確認していた。

      寝る前に一通り自分の出番をさらっておくとセリフの入りがいい。

      それだけはどんなに疲れて帰ってきても欠かすことのない蓮の日課だった。

      ところが風呂でほっこり温まると疲れた身体に纏わり付いてくる睡魔にはどうにも抗いがたく、吸い寄せられるように眠

      りの淵へと誘われ、手にした台本を取り落としそうになると、蓮は読みかけのそれを脇に置き、目頭を押さえて軽く目を

      閉じた。

      ほんの少し休んだら続きを読むつもりで読みかけのページを開いて伏せておいたのだが、いつの間にか意識はすっか

      り眠りの中に沈んでいたらしい。

      そのままふわふわと漂う意識が本格的な眠りに落ちて行こうとする時だった。

      何かが肌に触れる感触がして蓮の意識はゆっくりと浮き上がった。

      どうやら頬を撫でられたらしい。



      「ふふっ、すべすべ…」



      キョーコが呟くのが聞こえて来る。

      慈しむような優しさでそっと触れてくるその指は、そのまま頬を滑り降りて唇の上を撫でていく。

      ??

      夢と現実の狭間で蓮はぼんやりと考える。

      こんなシチュエーションは以前にもなかっただろうか?

      デジャヴにも似た感覚が蓮の中に湧き起こった。

      確かあの時は寝起きのキョーコを驚かせまいと狸寝入りを決め込んで、キョーコが自分から蓮の唇にキスをしてくれるこ

      とに淡い期待を抱いて胸を高鳴らせたのだ。

      思い出すと笑ってしまいそうになる。

      寝返りを打ってわざわざ誘うようなマネまでしたのに、結果は 『 おはようございます 』 の挨拶と共に瞼に軽い口付け

      を落とされるというささやかなもので、盛大な肩透かしをくらった蓮はしばらく寝室で枕を抱えたまま悶々とするハメに

      陥ったのだ。

      まったくもって滑稽な話だ。

      社長に言わせれば 『薄っぺらい 』 と鼻で笑われてしまうような今までの蓮の恋愛経験では、相手に求められるものを

      与えるだけで自分から何かを望んだことなど全くと言っていいほど無かった。


      『私とあなたじゃ好きの重さが違うのよ』


      かつて付き合っていた女性に言われた別れ際のセリフが今では身に染みて良〜〜く判る。

      思いが募れば募るほど相手も同じように自分を思ってくれているのか不安になるのだ。

      そしてその不安を拭うにためにもキョーコには好きという気持ちを態度で示して欲しいと蓮は思っていた。

      別に好きの比重は同じでなくていい。

      蓮は自分がキョーコなしではいられないほどベタ惚れであることを十分に自覚している。

      だからどんなに疲れていようと毎日帰宅し、その顔を見て眠りに就いた。

      実際、ホテルで長い夜を一人で過すよりたとえ僅かでもこの腕にキョーコを抱きしめて眠った方が深く眠れて疲れが取

      れた。

      だからといってキョーコに自分と同じであることを求めるつもりはない。

      ただ、蓮は自分がキョーコに愛されていると実感したいだけなのだ。

      そんなことをつらつらと考えている時だった、



      「ねっ…寝込みを襲うのとは、違うんだからっ」



      衝撃的な言葉が聞こえ、さらに顔が近づく気配がすると蓮の唇にキョーコの吐息がかかった。

      これは、もしかするともしかするのかもしれない…

      滲む意識の境目に立つ蓮の胸に再び淡い期待が広がっていく。

      いや、いけない。

      期待しすぎると前のように落胆するハメになる。

      これでもしまた頬や瞼へのキスだとしたら…

      まだ真っ当に働かない頭で埒もないことを考えていると、



      「お疲れ様です」



      のひと言と共にキョーコの柔らかな唇の感触が蓮の唇に重なった。


      (!!!!)


      夢か…?これは??

      自分の欲望が形になった都合のいい夢ではないのか?

      確認するかのように蓮は腕を持ち上げるとほっそりとしたその身体を引き自分の胸へと抱き寄せる。

      キョーコの口からは驚きの混じった吐息が漏れた。



      「ん、んんんっっ!!」



      間違いない。

      その身体は確かな温もりをもって蓮の腕の中に存在している。

      それでは今までの一連の出来事は夢ではなかったのだ。

      嬉しすぎるキョーコの行動に半分眠っていた蓮の意識は完全に覚醒する。

      それと同時にこのままでいる方が都合がいいと蓮は寝ぼけた振りを押し通すことを決めた。

      まだ起き抜けだというのに人間欲が絡むとやたらと頭の回転が速くなるのである。



      「ん、んんんっ、んん―――――っっ!!」



      角度を変えて唇を抉じ開け、キョーコの口内に舌を忍び込ませる。

      固く合わされた上下の歯がそれ以上の侵入を阻んだが、息が上がればそれも自然と開くだろう。

      蓮は閉じた歯列をなぞるように舌でくすぐりながらその唇を塞ぎ続けた。

      すると、キョーコは拳を握り締め、ドンドンと蓮の胸を叩いてがむしゃらにもがきだす。

      力の入り具合からして本気の拒絶と見ていいだろう。

      蓮は若干名残惜しく思いながら腕を緩めてキョーコを解放した。

      肩で息をするキョーコは真っ赤になりながら蓮の胸にもたれてくる。

      その可愛くも色っぽい様は食べられるのを待つ供物さながら、蓮の欲を刺激する。



      「敦賀さん……今、寝ぼけてたの判ってます?」



      そりゃあ判っていますとも。

      途中までは本気で寝ぼけていたものの、キョーコの口付けからこっちはしっかり目が覚めているのだから。

      蓮はそんなことはおくびにも出さず、疑わしげな眼差しできろりと睨んでくるキョーコを本気の演技で煙に巻く。



      「う…ん?……何かすごく良い夢を見ていた気がするんだけど……何だっけ?」



      どう言えばキョーコが困るのか蓮は十分に把握しているのだ。



      「い、いいです。本当に寝てたのなら思い出さなくていいですからっっ!!」



      焦ったキョーコはそれ以上の追求をやめ、蓮を寝かせてしまおうと思い直したようで、



      「眠いならちゃんと寝室に行って休みましょう。敦賀さんが寝付くまでは側にいますから、ね?」



      そう言うと蓮の手を引き寝室へと引っ張っていく。

      蓮は素直従った振りをするが、勿論そのまま大人しく眠ってしまうつもりなど毛頭ない。

      可愛いキスには存分にお返しを返してあげなくては。

      自分が眠るまで側にいる?

      言ったからには実行してもらいましょう。

      蓮はキョーコに手を引かれてリビングを出る間際、口元に笑みを浮かべながらその明りを落とした。

      それとは反対にその晩、寝室の明りは中々消えることはなかった。


















      End







ウチの蓮は全力の演技を発揮する方向を間違えてますね…
多分、肩透かしを喰らった経験が相当堪えたんでしょう(笑)
愛情の比重が一緒でなくてもいいと蓮が言うのは、自分の方が
キョーコにメロメロだと思っているからですが、キョーコ方もきっと
そう思っているんじゃないかな〜と私は思います。相思相愛だね♪



2009 09 28 site up



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