宝田社長の懊悩 ・ おまけ(2)



      (敦賀蓮グッドエンド/蓮の直談判、その直後)





      都内某所にあるビルの地下にそのバーはある。

      所属している事務所の社長に好きに使えと宛がわれた物件だ。

      繁華街からは少しだけ外れているが、そもそもこのバーのオーナーはまともに経営する気などはなからない。

      そういった点からもここに棲み込んでいる人間には都合が良かった。

      窓など存在しないから昼間でも電気をつけなければ真っ暗になるここは、いつも部屋のどこかに闇が潜んでいた。



      「それじゃ先に上がります。お疲れ様でした」

      「ああ、悪いね、暇にさせて」



      面倒な時は CLOSE のプレートを出しっぱなしにしたままなので一人の客も入ってこない。

      そのまま営業時間を終えてしまうことも頻繁だった。



      「いいえ、楽させてもらってますよ。それじゃおやすみなさい」



      雇われ店長が一人でグラスを傾けている男に挨拶をして帰ると、入れ替わるようにしてもう一人細身の男がバーの扉を

      開けた。



      「よう、おかえり。今日も空振りだったか?」



      入ってきた男はむっつりと黙ったまま頷くとそのまま店の奥へとすたすたと歩いていってしまった。



      「つれないねぇ…赤頭巾ちゃんは」



      長い髪を掻きあげて一気にグラスの中身を煽った男はビーグールというバンドでドラムを叩いていた。

      空になったグラスをカウンターの脇に避けるとその男、ミロクはそばに置いてあったラップトップのパソコンを立ち上げる。

      いくつかの操作をすると画面は数字の羅列とグラフのようなもので占められた。

      数字は時間を追うごとに目まぐるしく変化している。

      それらにざっと目を通し、キーを操作すると、



      「ほい、200万売り抜け〜」



      と言ってたいして面白くもなさそうにその数字だらけの画面を閉じた。

      続いて配信される様々なニュースに目を通し、別に立ち上げた窓で何かの掲示板のような物を眺める。

      こうしてインターネットで拾ってくる情報を元にミロクは株の売り買いをしていた。

      ビーグールのメンバー中、最も冷静で頭の切れるこの男は何かの時のためにとデイトレーディングで金を稼ぎ、その金

      を運用して馬鹿にならない額を貯め込んでいた。

      ミュージシャンである訳だから音楽で身を立てられれば一番だが、ビジュアルバンドとしてデビューしたからにはどこか

      できっと限界が来る。

      そもそも自分達は不破のファンを奪う形でデビューシングルの1位を獲得したのだ。

      飽きられてしまえばそれまでだ。

      ミロクの中にはすでにそれに向けての試算がはじき出されていた。



      「まあ、それまでは遊ばせてもらうさ」



      レイノのお気に入りの赤頭巾ちゃんを使ってもいい。

      まだまだミロクは芸能界を、そして不破の心を引っ掻き回せると思っていた。



      「気持ち悪いな、またロクでもないこと考えてるだろ」



      笑うミロクにシャワーを浴びてきたらしいレイノが奥から戻ってきて声を掛けた。

      頭からはまだ雫が垂れている。



      「おいおい、気持ち悪いはないだろ。そんなこと言ってると今度赤頭巾ちゃん絡みのネタを拾っても教えてやらないぜ」

      「それは、困る」



      ゴシゴシとタオルで頭を拭きながらレイノはミロクが座るカウンターとは離れた位置にある大きなソファーに腰を下ろし

      た。

      その後ろには何やら棺桶のような物が壁に立てかけてある。



      「こう毎日空振りだとガセだったって事じゃないのか?」

      「いや、あの辺りで聞いて回ったが、数日前まで来ていたのは間違いない」



      レイノのお気に入りの赤頭巾ちゃんこと最上キョーコは最近ちょくちょくテレビで見かけるようになった。

      話題になるということはそれだけ人の目にも晒される。

      それに伴ってネットの世界では様々な情報が行き交い始めた。

      ミロクは情報収集のためにあらゆるジャンルの事柄にアンテナを張っているが、ある日その中のとある掲示板にキョーコ

      の目撃情報が書き込まれているのを見てレイノに教えたのだ。


      深夜、人気のなくなった公園で大声を上げている女がいる。

      それがダークムーンで未緒役を演じている京子にそっくりだったと。


      はじめは書き込みそのものがガセかもしれないと思ったが、その話をしてやるとレイノはその晩から一人夜の町へと繰

      り出すようになった。

      行き先はその掲示板に書き込まれていた公園。

      そしてレイノが聞いて回ったと言うならおそらく常人には見えない相手なのだろう。

      地縛霊とか言っていたか?

      常にそこにいる奴の証言なら日々記憶が更新されてしまう人間より確かかもしれない。



      「じゃあ、張ってりゃいつかは遭遇するってか?」

      「わからん、ここ数日ぱったり来なくなったと言うし、寒くなったからもう来ないのかも」

      「お前、それでも行く気?」



      ミロクの言葉にレイノはこっくりと頷く。



      「深夜なら人目につかない。ライオンも気付いたって間に合わない。今はあそこでしかチャンスがない…だから行く」



      自分が焚き付けた訳だし長い付き合いだ、言っても無駄な事は十分判っている。

      ミロクはぼそりと呟くと軽く溜め息をついた。



      「頼むからケーサツにだけは掴まってくれるなよ」






      ※※※※※※






      翌朝。

      セットした目覚ましのアラームが鳴る前に起きてきたミロクは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと喉を潤した。

      見た目通り夜型で、起こしても中々目を覚まさないレイノと違ってミロクは以外にもちゃんと朝起きて活動する。

      今もまた新聞を数紙脇に抱えて店に回るとカウンターに広げた経済紙を読み始めた。

      その後方、昨夜レイノが座っていた大きなソファーの上には棺桶が乗っているのが見える。

      昼間初めてここを訪ねる人間はまずこの棺桶に驚くことになる。

      中では寝袋に入ったレイノが寝ているのだが、ちゃんと寝室にベッドがあるのにここの方が落ち着くといって聞かないの

      だ。

      男二人が同じ部屋で寝るのも何なのでミロクは一人で悠々と寝室を使いレイノには好きにさせていた。

      レンガ張りの内装と地下という空間においては本来異質であるはずの棺桶がやたらと調和していて、そのことがミロク

      にはかえっておかしかった。



      「さてとっ、そろそろ支度でもするか」



      面倒なことだが今日は早い時間の仕事が入っている。

      さっさと支度をすませてしまわないと、この後にレイノを起こすという大仕事が待っている。

      超夜型で、予想を裏切らず低血圧なレイノを早い時間の仕事に連れ出すのは一苦労なのだ。

      もともと音楽が好きでも何でもないためヘタをすると仕事自体をサボろうとする。

      ボーカルのいないバンドなんてマヌケなだけだ。

      必死になって宥めすかし、何とか起こしたとしても時にはキレて室内の物を次々と破壊したことがあった。

      レイノ自身が手を下した訳ではないが、たまたまその前の日にナンパしたとかいう女の霊がレイノの機嫌の悪さに共鳴

      する形でラップ現象を起こしたのだ。

      レイノのおかげで超常現象には慣れっこのミロクだが、せっせと集めたお気に入りのオールドボトルをことごとく粉砕され

      てしまうと、



      「ここに女の霊の連れ込みは禁止」



      という約束を無理矢理に取り付けさせた。



      「自分だって女を連れ込むくせに…」



      と、むくれるレイノを宥めるのにも随分と手を焼いたものだ。

      その後に、



      「大体お前が連れ込む女どもの肩に乗っている水子霊の方がよっぽどやっかいだ。奴等に言葉は通じないからな…」



      などとレイノが言うのでそれ以来ミロクもここに女を連れ込むのはやめていた。

      別にここに女を連れ込まなくてもその気になったら自分があちらの部屋に行けばいいだけの話だ。



      「とりあえずシャワーでも浴びるか…」



      ぐんっと伸びをして席を立とうとした。

      その時、



      「おっはよ〜〜レイノ君、ミロク君、迎えに来たよ〜〜〜」



      ガチャッと表へ通じる扉が開いてバンドのメンバー達が揃って現れた。

      ビジュアル系バンドのメンバーだというのに朝っぱらからテンションが高い。

      社長に声を掛けられるまで普通のバンド少年だったというこの三人は何故か妙にレイノに懐いている。

      そのミステリアスな雰囲気と、実際に本物の霊が視えるという能力のおかげで彼等の中でレイノは出会い頭にカリスマ

      化してしまったようで、たとえあらぬ方向を向いて目に見えぬ何かと会話している場面を見かけても、キラキラと目を輝

      やかせてその様子を眺めているというくらいだ。

      今までミロクが見てきた反応は大概がそんなレイノを恐れ、気味悪がり、距離を置こうとするものだったので彼等の反応

      は新鮮で面白い。



      「おっと、早いな、こっちはこれから支度するところだから、ちょっと待っててもらえる?」

      「いいよ急がなくても。俺達が早く着すぎたんだし」



      ミロクの言葉にシズルが返事をした。



      「レイノ君まだ寝てるんだ…」

      「僕達で起こしてあげようか?」



      蓋が閉まったままの棺桶を見てキヨラとタスクが近寄っていく。

      この二人は特に強くレイノに憧れを抱いている。

      そういえば起抜けのレイノの機嫌の悪さをまだ他のメンバーは知らないっけ…

      このメンバーでホテルに泊まる時、大概はシングルでツインの時でもキヨラとタスク、シズルとミロクといった同い歳同士

      が同室になって、棺桶を持ち込むレイノは一人で部屋を占拠する事が多い。

      果たして任せても大丈夫だろうか?

      ミロクは迷いながらその様子を見守っていると…


      バタンっっ!!!


      勢い良く棺桶の蓋が外れ、中から青い顔をしたレイノが飛び起きた。

      はあはあと肩で息をしているその顔は汗でびっしょりと濡れている。



      「「「ど、どうしたのレイノ君!!」」」



      全員の視線がレイノに集中した。

      唖然として身動きの取れない三人を尻目にミロクはツカツカと歩み寄るとレイノの顔を覗き込む。



      「何だ?おかしな夢でも見たのか?」



      ミロクの問い掛けにレイノは首を横に振った。



      「アレ…は、夢なんかじゃない……」

      「アレってなんだ?」



      呼吸を整えるためにしばらく黙っていたレイノはぎりっと拳を握り締めると言った。



      「ライオンに威嚇された……」

      「「「「は?」」」」



      レイノの言葉に他のメンバーだけでなくミロクも目を点にする。



      「あの殺気には覚えがある、アレは俺に向けて放たれた威嚇だ…あの公園には近づくなということか…」



      そんなことがあるものだろうか。



      「寝ぼけたんじゃなくてか?」

      「違う。俺は起こされて機嫌が悪くなる事はあっても寝ぼけたりしない」



      つまりレイノは都内のどこかからピンポイントでレイノに向けて放たれた殺気を感じ取ったというのだ。

      まさに化け物並みの感覚だ。

      それともそんな殺気を放つライオン…敦賀蓮の方が凄いのか?

      ミロクは直接蓮と対峙した事はなかったが、願わくばそんな奴とはこの先も出会わずにすませたい。



      「気分が悪い、…シャワーを浴びたら寝直す…」

      「コラコラ、これから仕事があるんだ。折角起きたんだから着替えて支度しろ」

      「ヤダ、行かない」



      飛び起きはしたもののやはり機嫌は最悪らしい。

      案の定レイノは駄々をこね始めてしまった。



      「そんなこと言わないで一緒に行こうよ〜」



      タスクが宥めても。



      「レイノ君がいないとつまんないよっ」



      キヨラが擦り寄っても。



      「一人欠けると寂しい…」



      シズルが訴えてもレイノは、



      「イヤだ」



      のひと言で一蹴し聞く耳を持とうとしない。

      はぁ〜〜〜とミロクは盛大な溜め息をつくと、最終手段に訴えた。



      「解禁してやる、ここへの霊の連れ込みを。だから大人しく仕事に行け」



      すると現金なことにレイノは大人しく棺桶から出るとスタスタと歩いて奥にある部屋へ支度をしに行ってしまった。

      その足取りが心なしか軽かったような気がするのは自分の見間違いだろうか?

      ミロクはメンバーに、



      「すぐ戻ってくるから」



      と言い残して自分も支度をしに奥へと向かう。

      後に残ったメンバー三人は、



      「やっぱレイノ君はすごいな〜ライオンの殺気まで感じちゃうんだねっっ」

      「起抜けのレイノ君て色っぽいねっ、僕ドキドキしちゃったよ」

      「カッコイイな…」



      と、とても的外れな事で盛り上がりながら二人が戻ってくるのを待っていた。

      その日、仕事を終えたミロクが速攻帰ってきて大事なボトルをことごとく仕舞い込んだのは言うまでもない。


















      End







おまけ話第二弾は何とビークールの登場です。
蓮の威嚇に反応しちゃうレイノは本当に人間じゃありませんね。
そしてメインのミロクですが、彼はコミックス17巻で19歳となって
いますのでこのお話の中では20歳のつもりで書いています。
天秤座か蠍座くらいがいいな…ということで秋生まれを想定。
だけど彼は色々な意味で悪〜〜い人だと思うので20歳前でも
お酒を嗜んでいたんじゃないかな?と思っています。



2009 09 02 site up



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