( 敦賀蓮グッドエンド/マリアのライバル宣言、その後 ) 「あら?蓮様、今日はドラマのお仕事じゃないの?」 事務所内をうろついていたマリアは社長室から出てきた蓮の姿を見かけるとぱたぱたと廊下を走ってその身体に飛び ついた。 「ああ、こんにちはマリアちゃん。今日は午前中雑誌のグラビア撮影があったからスタジオ入りはこれからなんだ」 キョーコにライバル宣言をしたからといって蓮のマリアに対する態度は以前と全く変わらない。 それがマリアには嬉しくて、同時に少しだけ寂しい。 「相変わらずお忙しいのね、これからスグに行かれてしまうの?」 「そうだね、ダークムーンの撮りは俺のせいで少し押している所があるから休んではいられないね」 できたらお茶に誘いたかったけど、マリアはその言葉を飲み込んだ。 その代わりに、 「じゃあ私、下までまでお見送りするわ!蓮様、抱っこしてもらってもいい?」 見送る側の人間が送られる相手に抱っこを強請るとは何事か? しかしここで嫌と言わないのが敦賀蓮だ。 「ではお手をどうぞ」 ニコニコと笑いながら屈んでマリアの手をとると、蓮は軽々とその身体を片手で抱き上げる。 目線がぐっと高くなった。 ( これが蓮様の目に映る景色… ) マリアの見ている世界とは全く違う、望めば何もかもに手が届くのではないかという高み。 大人になったらその蓮の隣に寄り添うのが夢だった。 だけど、 ( 蓮様はお姉様を選んでしまった ) マリアが姉と慕う最上キョーコはまだまだ駆け出しの新人タレントだ。 それなのに彼女はひとたび関わった仕事からあらゆる物を吸収してどんどん大きく成長している。 その凄まじい変化の嵐はキョーコ本人はもとより周囲の人間をも変えてしまうパワーを秘め、周りを巻き込み更に大きく なろうとしている。 現にマリアもその影響をモロに味わった口だ。 母の死以来二度と父親と心を通じ合わせることは出来ないと思っていたのに、彼女はあっさりとその思い込みを打ち砕 いた。 そしてこの敦賀蓮さえもキョーコは変えてしまった。 誰にでもそつなく優しいはずの蓮がキョーコに限っては怒りといったマイナスの感情を顕にし、キョーコ本人も蓮に嫌わ れていると思っていたようだ。 だが蓋を開けてみれば蓮にとってキョーコは特別だったのだ。 誰にも優しい代わりに誰の特別にもならない人、そう思っていたのに。 マリアがそのことを知ったのはつい先日。 ( 知ってて黙っているなんておじい様も酷いんだから!! ) その後数日マリアは祖父と口をきかなかった。 蓮とキョーコ。二人のことは大好きだけど、それとこれとは話が別だ。 マリアだって蓮が好きなのだ。 簡単に二人の仲を認めてしまえばあっさりとマリアは初恋に破れることになる。 たかだか8歳の幼い恋心だったとしてもそんなに簡単に手放してしまえる想いだとは考えたくなかった。 (だから卑怯だって言われても出来るは何でもするの) マリアは自分を抱き上げてくれている蓮の肩に手を置くと、ジャケットの襟に付いていた髪の毛を一本取った。 ( 私の念を込めた人型キャンドルくらいじゃお姉様の怨念のパワーには勝てないだろうけど… ) まだまだマリアにはたっぷりと時間がある。 その間に一生懸命女を磨いて蓮を振り向かせればいいのだ。 ( あきらめないもんっ!! ) 心の中で拳を握り締めながらマリアは蓮の首にぎゅっと抱きつく。 蓮は空いている手でマリアの髪をそっと撫でると下のフロアに向かって歩き出した。 End |