宝田マリアの野望



      ( 敦賀蓮グッドエンド/付き合って三ヶ月未満 )





      BOX'Rの撮影との兼ね合いで午後からダークムーンの現場に入ったキョーコは未緒のメイクをしてもらい衣装に着替え

      るとスタッフが呼びに来るのを待っていた。

      リハの段階ならまだしも本番のカメラが回っている最中、うかつにスタジオに入ると演技中の役者の集中を切らしてしま

      う恐れがあるからだ。

      広いメイクルームにぽつんと取り残され手持ち無沙汰になったキョーコはバッグから台本を取り出すと自分のセリフを確

      認し始める。

      しかし遅い。

      メイクさんも衣装さんも部屋を出てからとうに10分は経っている、スタジオ内で何かあったのだろうか?

      キョーコは様子を見に行こうとメイクルームのドアノブに手をかけた。

      その瞬間、バタンと勢い良くそのドアが開き、



      「お姉様ぁぁぁぁぁーーーー!!」



      の叫び声と共にキョーコのお腹の辺りに小さな少女が抱きついてきた。



      「マ、マリアちゃん?」



      ふんわりと波打つ明るい色の髪に、レースとフリルをたっぷりと使った贅沢なドレスに身を包む、まるでお人形のような

      この少女はLMEの社長、ローリィ宝田の孫娘、宝田マリアだ。

      趣味が合うことに加え、キョーコがマリアの心を長く縛り続けていた鎖から彼女を解き放ったことによって、マリアの方が

      キョーコを姉と慕うようになり、以来何かと仲良くしている。



      「あのね、さっきスタッフの人がお姉様がスタジオ入りしたって話にしているのを聞いて、私、ご挨拶しようと思って」

      「ありがとうマリアちゃん」



      細やかな心配りが嬉しい。

      キョーコが微笑むとマリアも嬉しそうにニッコリと笑みを返してくる。



      「ところでマリアちゃんがここにいるってことはその、やっぱり…」

      「勿論、保護者も同伴よ!おじい様ったら撮影も佳境に入ったから陣中見舞いも気合を入れなくては!!って張り切っ

       ちゃってて…」



      どうりで誰も呼びに来ないはずだ。

      今頃スタジオの中は大騒ぎになっているのだろう。

      いかに予定が詰まっていようとも日本で屈指のタレント事務所であり、このドラマの主役を張る敦賀蓮の所属事務所の

      社長の来訪を無下にするわけにはいくまい。

      キョーコは対応に苦慮しているスタッフの姿を想像し、思わず苦笑いを浮かべる。

      すると、マリアがくんくんと鼻を動かし不思議そうな表情で顔を近づけて来た。



      「お姉様、シャンプー変えられた?」



      ぎくり…

      実はキョーコは昨夜、蓮のマンションへお泊りしていた。

      日付が変わるまでシーツの波で戯れてそのまま蓮の腕に抱かれて眠った。

      そして今朝になってシャワーを使わせてもらった訳で……当然使ったシャンプーは蓮が普段使用しているものな訳だ。



      「この香り、どこかで嗅いだ覚えがあるんだけど…」



      記憶を手繰るようにマリアは神妙な顔をしている。

      彼女は蓮のことが好きでよく懐いている。

      その好意は子供心に芽生える淡い恋の範囲を逸脱し女としての独占欲を十分に秘めており、蓮に近づこうとする者は

      誰であろうと排除する。

      キョーコ自身はその現場を見たわけではないが、呪いや黒魔術に傾倒しているマリアのことだ、なまじな報復では済ま

      すまい。

      仮に蓮との関係がバレ、呪われたところで怨キョを操るキョーコ自身は大した害を受けるわけではないが、幼い少女の

      憧れを早々に砕く真似をしたくはなかった。



      「さ、最近行った美容院でもらった試供品を使ってみたの、良い香りでしょ?」



      ちょっと苦しかったか?キョーコは内心で冷や汗を書きながらマリアの様子を窺う。



      「なんだそういうことなの、蓮様と同じ香りのような気がしたからビックリしちゃったわ。ねぇ、お姉様。メーカーは何処

       のものなの?」

      「うっ…今度調べておくわ。それよりマリアちゃん、そろそろ皆の所に行かない?」



      キョーコはそれ以上追及されないよう無理やり話の流れをずらした。

      すると今度はマリアの目に悪戯っぽい色が閃いて、



      「それがね、さっきこっちに来る時、蓮様がお姉様のことをスタッフに訪ねているのを聞いてしまったの。だからきっともう

       じきここに来るはずよ」

      「そうかしら?社長さんが来てるのに場を離れるとは思えないけど…」

      「ううん、だってちょっと外しますっておじい様と監督さんに言ってたもの」



      蓮に関わることとなると何とも耳ざとい。



      「それで、私、今からここに隠れるからお姉様、くれぐれも蓮様には内緒にしててね」



      どうやら蓮を驚かせようというつもりらしい。

      それだけ言うとマリアは衣装がいくつも掛けられている移動式のハンガーラックの中にごそごそと潜り込んでいく。

      マリア自身嵩張るドレスを着ているというのに、設定上未緒がたっぷりと布を使ったドレスを着ることが多いため服と服

      の間に入ってしまうと案外目立たない。

      それでも踝から下が隠しきれていないのがメイク用の鏡に映り込んで見える。

      頭隠してなんとやら…だ。

      微笑ましさにキョーコが口元を綻ばせていると、


      コンコン…


      ドアがノックされた。



      「はい、どうぞ」



      返事をすると、ドアを開け現れたのはマリアの言う通り敦賀蓮、その人だった。



      「やぁ、支度はすんだ?」



      まだ何も知らない風を装ってキョーコは返事をする。



      「済みましたけど、どうされたんですか?スタッフの方じゃなくて敦賀さんが来られるなんて」

      「あぁ、ちょっとしたハプニングがあって、現場は休憩に入ったようなものだから…」

      「そう、なんですか?」



      蓮を相手に小芝居を打っている自分がなんだかおかしい。



      「うん、社長がね、陣中見舞いに来てて…暫くは撮影もストップしてると思うから君に忘れ物を返しておこうと思って…」



      んん? 忘れ物?? 何の事だ?

      キョーコは首を傾げる。



      「君、朝メイクしたあとバスルームに忘れてったろ?」



      そう言って蓮が差し出したのはキョーコのコスメポーチだった。

      ナツメイクを入念にするまでは良かったが、朝食を作って蓮に食べさせたりしているうちにすっかり忘れていた。

      グロスとリップブラシだけスグ取り出して塗りなおせるようにバッグのポケットに入れていたからポーチごと忘れて来た

      なんて気付かなかった。



      「琴南さんから貰った大事な物なんだろう?」

      「きゃぁぁぁ!すみませんっっ、ありがとうございます!!」



      飛び上がらんばかりの勢いで蓮からポーチを受取り、ペコペコと頭を下げて礼を言うキョーコに蓮は少しだけ考え込むよ

      うな表情をすると尋ねた。



      「あの…キョーコちゃん、今度俺からもプレゼントさせてくれる? そのリップとかグロスとか」

      「へ? だって私、敦賀さんには先日クイーン・ローザという素敵なお花を頂いたばかりですよ」



      誕生日プレゼントに貰った大輪のバラとそこから出てきた涙型の石はキョーコの宝物になっている。



      「そうじゃなくて…う〜ん、こんなこと言うと呆れられそうだけど」



      珍しく言い淀んでいた蓮はキョーコの顎をつまんで上を向かせると唇が触れそうな距離まで顔を近付けて言った。



      「俺の選んだリップを塗った唇にキス…したいんだけど、ダメ?」

      「「え、えええええええええーーーーーー?????」」



      驚いて目を丸くしたキョーコの叫びにもう一つの叫び声が背後の衣装の中から上がった。

      わ、忘れてたーーーーー!!

      うっかりポーチの話から蓮との会話に夢中になってしまったが、この部屋にはマリアがいたのだ。



      「今のお話、詳しく聞かせてもらおうかしら、ねぇ、お姉様」



      ガっと、ハンガーラックのポールに手がかかり中からマリアが現れる。



      「マ、マリアちゃん?」



      流石の蓮も驚いている。



      「こんな所から失礼しますわ蓮様。ところで私、はしたない事に今のお話聞いてしまったのだけど、内容からしてお二人

       はお付き合いしてるってことなのかしら?」

      「えっと…」



      返事に詰まるキョーコの代わりに蓮が答えた。



      「そうだよ。マリアちゃんに嘘は付きたくないから言っておくけれど、俺と彼女は恋人として付き合っている。これは社長

       も了解済みのことなんだ」

      「!!」



      真正面から答えた蓮にマリアだけでなくキョーコも息を飲んだ。



      「つ、敦賀さん…」

      「こういうことはヘタに隠し立てしたり、嘘を付くほうが相手を傷つける。俺はマリアちゃんのことが大切だし、今は公には

       しないだけで君とのことを否定するつもりもない」



      毅然と言い放つ蓮にマリアが頬を染めながらほぅ…と息を吐いた。



      「やっぱり…やっぱり蓮様は素敵だわ!私のこともお姉様の事も大切に思ってくれているのね……決めたわ、私、蓮様

       とお姉様のこと応援する!!」

      「マリアちゃん…」



      蓮の言葉を受けたマリアの反応にキョーコは自分の付いた小さな嘘が恥ずかしくなった。



      「…ごめんね、マリアちゃん」

      「ううん、いいのお姉様は私のことを心配してくれたんでしょ?嘘を付かれたのはちょっぴり悲しいけど、その気持ちだけ

       で嬉しいわ、それに…」



      マリアの目が妖しく光る。



      「恋心は時と共に移ろうわ。今は蓮様はお姉様のことが好きでも未来のことは判らないじゃない?」

      「え、えっ…と、それって?」

      「だって怨念の力はどうしたって今の私ではお姉様には敵わないし、それに殿方って齢を経るに従って若い女性が好き

       になるでしょう?あと十年したら蓮様の心も変わるかもしれないじゃない?」

      「うっ…」



      何ということを言い出すのかこの子は…、流石にあの社長の孫娘、普通の子供とは感覚がずれている。



      「第一、その辺の馬の骨に蓮様を取られるくらいならお姉様の方がずっといいわ!!だからお姉様、私はお姉様の応

       援者でありライバルなの。切磋琢磨しつつこれからも仲良くしましょうね!」



      なるほど、これはライバル宣言という形を借りたキョーコと蓮へのマリアなりの激励なのかもしれない。

      そう言って手を握ってくるマリアに、キョーコはニッと笑うと、



      「受けて立つわ!マリアちゃん!!」



      とその小さな手を握り返した。

      成り行きを見守っていた蓮は、二人が握手をしたのを見届けると、



      「さあ、戻ろうか?」



      と優しく微笑み、まだパーティのような騒ぎが続くスタジオへと二人を促す。

      蓮とキョーコ、そしてマリアを迎えたスタジオの中にはさらに高らかな音楽が鳴り響いた。


















      End







キョーコとマリアがぶつかったらやっぱりマリアに泣いてもらうしかないんですが、
彼女みたいな子は決して泣き寝入りはしないだろうということでオマケに続きます。
ところで、日本人て口紅のことをルージュと言いがちですがアレは仏語ですよね。
敦賀さんにはアメリカのお生まれなのでルージュではなくリップと言ってもらいましたけど、
何となくリップというと薬用のリップクリームの方を想像してしまう私。
口紅はリップスティックで合ってるよね……書いている時、一瞬不安になりました。



2009 07 23 site up



ブラウザでお戻りください

inserted by FC2 system