( 原作if/バレンタイン狂想曲=その頃のショータローは… ) ショータローの舌は肥えている。 実家は老舗の温泉旅館で高級会席料理など正直食べ飽きて育った。 東京に来てからだって一緒に上京したキョーコはショータローの父親から料理の基礎は叩き込まれていたし、なにより キョーコは共に育った分、ショータローの好みを熟知していた。 子供の時分からプレゼントや差し入れを貰うことは多々あったが、受け取るだけ受け取って気に入らなければ見えない 所でゴミ箱行き。 それ故、不味いと思うもの、好みに合わないものはまず口にしたことがなかったのだ。 だから、 「はい、尚ちゃん。美森の気持ちがいぃーーーーぱい詰まってるわよ」 などと手渡されたチョコレートの包みをその場で開くよう要求され、現れた物体のいびつさに、 (く、食いたくねぇぇぇぇぇっっっっ!!) と心の中で叫んだとて已むを得ないことかも知れなかった。 チョコレートの整形は温度管理と手早さが命だ。 湯銭にかけて溶かしても温度が低いと形が悪くなるし、高すぎると風味が損なわれる。 何より常にかき混ぜてチョコレート全体の温度を均一にしてやらなければならない。 そうすることで艶やかで口融けの良いチョコレートになるのだが、今ショータローの手の中にあるそれは、お世辞にも見 た目、形、共に良いとは言えなかった。 艶が失われ、白く粉を吹いた状態の物をスプレーチョコやココアパウダーで誤魔化してあるのが見え見えで、その大き さから齧っても容易に割れない事は想像が付いた。 舐めて融かすにしても一粒で直径3cmはあろうかというそれは口に入れておくには大きすぎる。 ( 大体この手のチョコは食ったところで美味くねぇ!! ) バレンタインにチョコレートを貰い慣れているショータローには見ただけで味の想像までついた。 「サンキューな。 あとで食わせてもらうわ」 一先ずこの場は取り繕って後で処分してしまえばいい。 そう思ったのだが、 「え〜、今食べてくれないの?」 ぷうっと頬を膨らませ美森は不満そうな声を漏らす。 文句垂れる前にお前、自分でコレ食ってみたのか?喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んでショータローは立ち上 がった。 「わりぃな、これから音入れだ。俺は直前に何か食うと喉の調子が悪くなるんだよ」 本当か嘘か良く判らないようなことを言って美森を煙に巻くとマネージャーの祥子を探すという口実でショータローは美 森と別れた。 ※※※※※※ 事務所の通路をチョコレートの箱を持ったまま歩く。 ここにあるゴミ箱に捨ててしまうのはいくらなんでもヤバ過ぎる。 まったく、手作りの方が心がこもっているなどと考えるのは女どもの幻想だ。 ちったぁ食う側の身にもなってみろ!! ポチリの奴…どうせなら手作りなんかじゃなくて祥子さんやミルキちゃんのように高級ブランドチョコレートでもくれりゃ間 違いなく食べてやったのに。 そんな罰当たりなことを考えながら当てもなく通路を進んでいく。 やっぱり付き合うのは大人の女性がいい。 気配りは細やかだし、我侭言っても受け止めてくれるし、割り切ってて後腐れもないし… そこまで考えてショータローはハタと立ち止まった。 じゃあ、なんで俺は美森を側に置いてるんだ? 胸は意外と大きくて俺好みというのは間違いないが、中身はてんでおこちゃまで、祥子さんやミルキちゃん達とは大違 いだ。 尚ちゃん尚ちゃんと犬みたいに懐いてきて、イベントごとにプレゼントくれて、何においてもショータローの好みに合わせ ようとしてくれ、敦賀蓮の事が嫌いで… …まさか、 それって…… ほんのわずか考え込んだショータローの頭に自分でも驚くような答えが浮かび上がった。 ―― かつてのキョーコとそっくりってことじゃないのか? 「う…っそだろう……」 キョーコを捨てたつもりでいたのに、キョーコの代わりとなる存在を手元に置いている。 自分の導き出した答えに眩暈を感じヨロヨロと壁にもたれ掛かる。 気付きたくなかった、そんなこと。 自分の中でキョーコの存在が無意識に身代わりを求めるほどに大きいだなんて… 今頃アイツは敦賀蓮のためにせっせとチョコレートを作っているのだろうか? そう考えるとぎりぎりと胸が締め付けられるように痛んだ。 「は、ははは、はははははっ!!」 嫉妬か? この俺が、敦賀蓮に?? しかも捨てたハズの女のことで!! バレンタインデーを数日後に控えたこの日、アカトキエージェンシーの事務所の一角で不破尚の乾いた笑いが暫く響い ていた。 End |