( 敦賀蓮グッドエンド/CMオンエア後 side 蓮 ) 愛しいクオンへ… 映像の中の美しい人はそう言って語りかけて来た。 リビングのテーブルに置いたグラスに琥珀色の液体を注ぎ、ソファーに身をゆだねると蓮は再生される映像に見入る。 「アメリカからの手紙だ」 と、一枚のディスクを社長から手渡されたのは今朝の事だ。 誰から? などと問う必要はない。 かの国から蓮に手紙を送って来る相手など決まりきっている。 ――父、クー・ヒズリと母、ジュリエナ 15歳でアメリカを飛び出してから5年。 父母との一切の音信を絶っていた蓮は先頃来日した父親と久々に再開することとなった。 初めは世話係として配されたはずのキョーコに一体何をさせているのかを問い質すことが目的で、親子としての対面な どするつもりは毛頭無かった。 蓮の心の中には両親に対する負い目とわだかまりのような物があり、未だクオンとして彼らの前に立つことは考えられ ない事だったのだ。 だが、父との再会の場で蓮は知ることになった。 自分を守る事に必死で両親の気持ちまで考えられずいた愚かさを。 そして両親は 『 敦賀蓮 』 として必死で自分の生きる世界を切り拓こうとしている息子を守るため、逢いたいという気持 ちを押さえ只管に待ってくれていたことを。 見捨てられたのでも見限られたのでもなく、深い愛情でずっと包んでくれていたのだということを。 その両親に乞われ、蓮はクオンに戻ってビデオレターを撮った。 直接渡すことは出来ず社長に託したけれども。 そしてその返事が今日届いたのだ。 画面の中の両親は代わる代わる蓮に向かって温かい言葉を投げかけてくる。 それは仕事で疲れた蓮の心と身体を優しく癒していく。 蓮はグラスを手に取ると中身を少しだけ口に含んだ。 『ところでクオン…』 映像がクーのアップに変わる。 『ボスがそっちではまだ見れんだろうと、こんな物を送ってくれたんだが…』 父親の手にあるディスクのラベルを見た蓮の動きがピタっと止まる。 ――アルマンディ サマーコレクション パイロットフィルム 『お前……』 クーの口元が笑いの形に吊りあがっていく。 嫌な予感が蓮の背中を駆け上がる。 『キョーコのことが好きだろう?』 げほっごほっごふっっ!! 口に含んだ液体が気管に流れ込みそうになり盛大にむせる。 どうして判ってしまうのだろう? キョーコ本人には直接、間接取り混ぜて様々なアプローチをしても一向に気付いてもらえなかったというのに… 社長はそういったことを漏らす人ではないから、見る人が見れば蓮の中に宿るキョーコへの恋情はダダ漏れだったと いうことになる。 演技などでは誤魔化しが利かないほどに。 「まいったな…」 自分の芝居を見透かされている。 それなのに不思議と嫌な気持ちにはならなかった。 『それに彼女も一皮剥けたようだ』 いつの間にか話題はキョーコのことに転じている。 来日した折、クーの身の回りの世話係をし、かつ直接演技の手ほどきを受けたキョーコはもう一人のクオンとなった。 『彼女の変化がお前によってもたらされたものなら私もそれを嬉しく思う』 父が微笑む。 『愛しい二人のクオン。いつか自分の足でアメリカの地を踏む決心がついたら、その時は是非とも二人で訪ねて 来ておくれ』 父に寄り添った母も柔らかい笑みを浮かべている。 『お前も、彼女も私たちの家族なのだから』 その言葉でビデオレターの映像は終わった。 蓮は持っていたグラスの中身を一息に煽ると深く息を吐いた。 軽い酩酊感が心地よく気持ちを解放させていく。 そう遠くない未来、父の言葉を現実のものとする。 それは過去の誓いを破ってキョーコを手に入れた自分に課す新たな誓い。 「必ず実現させてみせる」 呟きは蓮の胸に揺るぎない決心となって根を下ろす。 空になったグラスの中で蓮の体温に融かされた氷がカラリと音を立てた。 End |